今回は、仏教説話の中より「カメと白鳥」というお話をご紹介いたします。
ヒマラヤの山の池に1ぴきのカメが住んでいました。このカメは大変おしゃべりがすきでした。あまりにもおしゃべりだったので、ついにだれもカメのあいてをするものはいなくなってしまいました。
ある時、この池に2羽の白鳥が エサをもとめてやってきました。
カメは大喜びで白鳥に声をかけました。
「こんにちわ、白鳥さんたち。今日はどうして、この池にこられたんですか?」
白鳥 たちは、カメに答えました。
「じつは、エサをさがして、山の上をとんでいたのですが、ちょうど、おいしそうな魚が泳いでいそうなこの池をみつけたので、降りてみたんです。」
「それは、ちょうどよかった。この池には白鳥さんがすきな魚がたくさんいます。 ゆっくりしていらしてください。」
白鳥はよろこんで、さっそく魚をとりはじめました。
やがて、白鳥たちはおなかいっぱいに魚を食べ、身繕いをはじめました。カメは、白鳥たちにさっそく話をきりだします。
「ぼくはいつもこの池でひとりぼっちです。人と話をしたいのだけども、返事をしてくれるひとはだれもいません。どうかときどきこの池にきて、話し相手になっていただけませんか?」
気のいい白鳥たちは、こころよくカメのおねがいを聞くことにしました。
その日いらい、2わの白鳥はこの池にやってくるようになりました。
「あのね、白鳥さん…それでね、白鳥さん…」
白鳥が池にやってくると待ちかまえたようにカメは話しはじめます。この池でおこったこととか、それはもうなんでもかんでもです。白鳥たちは、おちついてろくにエサも食べることができません。しかし、白鳥たちは、がまんして、しんぼうづよく、カメの話をきいてやっていました。
ある日、カメはめずらしく、自分ばかり話すのではなく、白鳥にたずねました。
「ところで、白鳥さんたちは、どんなところに住んでいるのですか?」
「私たちは、チッタクータ山の 金色のほら穴に住んでいるんです。それはもう、ほんとうにきもちのよいところです。このヒマラヤ山の中では1番です。」
「いいなぁ。ぼくもそんなきもちのいいとこに行くことができたらなぁ。」
カメはほんとうにうらやましそうな顔をして言いました。
「それならカメさん、いっしょに行きましょうよ。」
「でも、ぼくには白鳥さんのように空をとぶことができません。とてもそんな遠いところへは・・・。」
「だいじょうぶですよ。わたしたちがカメさんを運んであげます。」
それをきいて、カメの顔はパッと明るい笑顔になりました。
「白鳥さん、ありがとう。ぜひおねがいします。」
白鳥たちは、どこからか1本の棒きれをさがしてきて、カメに言いました。
「いいですか、カメさん。1つ約束してください。私たちがあなたを運ぶあいだ、けっして口をひらかないでください。」
「わかりました。ぜったい口をひらきません。」
カメは真剣な顔で答えました。
白鳥たちは、カメにひろってきた棒きれのまん中をくわえさせ、自分たちは棒きれのはしをそれぞれくわえます。やがて強い風が吹いてきました。白鳥たちが、翼をいっぱいひろげたとき、カメと白鳥たちは、空たかく舞い上がりました。 カメははじめて空を飛ぶよろこびで、おもわず声をあげそうになります。でも、白鳥たちとの約束を思い出し、ぐっと声をのみこみました。
「あぶない、あぶない、もうちょっとで口をひらくところだった。」
カメは心のなかでそっとつぶやくのでした。
カメと白鳥たちはぐんぐん飛び続けました。下には、小さくみえる村や畑がどんどん過ぎ去っていきます。やがて、ベナレスの王様の御殿の上にさしかかったとき、御殿のそばでは、村の子どもたちがあそんでいました。ひとりの子どもが白鳥たちをみつけて、
「あれっ、なんだ。」
その声をきいて、ほかの子どもたちも空をみあげます。
「あっはっは、なんだあれは。カメが白鳥のくわえた棒きれにぶらさがっているよ。」
「あっはっは、なんて、へんてこな、かっこなんだ!」
子どもたちは、大笑いしながら、はやしたてました。
その子どもたちの声が、カメの耳にとどきました。
「この悪ガキどもめ、やさしい白鳥さんがぼくのため、いっしょうけんめい飛んでくれているというのに!」
カメがおもわずそう叫ぼうとして口をひらくと・・・。ひゅるるるる~ん!!
カメは口をひらいて、くわえていた棒きれをはなしてしまったものですから、高い高い空から落ちてしまいました。
カメが落ちたところは、王さまの御殿の庭でした。御殿は大騒ぎです。
「うわぁ、空からカメがおちてきた。甲羅が割れてまっぷたつだ。」
「なんのさわぎだ。」
王様は相談役の菩薩とやってきて、体が割れて死んでしまったカメをごらんになりました。
「これはいったいどうしたことだ。どうしてこんなカメがそらから落ちてきたんだろう?」
菩薩は神通力で、なぜこうなったのかを知り、王様にわけを話しました。
そしてこう言葉を続けました。
「カメはしゃべってはいけないときに、我慢できず口をひらき、そしてとうとう死んでしまいました。口数が多く、まわりのことを考えずに、おしゃべりするととんでもないことになるのです。」
王さまは、ボーディサッタのことばをしっかりと心のなかに刻み込むのでした。