開導日扇聖人ご教歌
「たび人のあさたちいづるあしもとに くれのとまりをおもはぬやある」
朝を誕生と考えれば、夜の泊まりは臨終となります。利口な旅人が、出発前に今夜の宿を予約しておくように、立派な信者は、無痛臨終、寂光参拝ができるよう、功徳をつむことを怠らないことが大事だということになります。
学生にとっては、朝を入学時とすれば、1日の終わりは卒業、または上級校の受験となりますが、どの位真剣にそのことを考えていたかを、現在多数の若者がそれをためされているのです。
何によらず行為(因)があれば結果(果)があると教えられるのが、仏さまの因果のお悟りです。信心のある、そして真面目な人は、自分が仕掛けて有頂天になって騒いでいる時でも、どこか心の片隅がさめていて因果の報いということを承知しているものです。
生麦事件から、薩英戦争となり鹿児島が戦火を受けるという事件がありましたが、その時、薩摩藩は城下に被害が及ぶことを考えて、人家からは、家財道具は言うに及ばずタタミ、フスマの類まで疎開させ、官公庁、寺院等は復興に備えて絵図面を作っていたということで、これが敵国英国の好意を受ける元となり維新の陰の力となったとのことです。
お互いの、現在していることが、いつか必ず結果となってあらわれるのですが、自信の程は如何ですか。(前進 昭和58年3月号より)